「松田忠徳氏講演会 午後○○時から○○集会所」というような張り紙を目にしたのは、平成16年の暮れも押し詰まった折、新たに完成した白猿の湯を確かめに俵山温泉を訪れたときのことでした。当時はまだ、松田ナニガシっていったいだれ?講演なんてうっとうしいな、という程度の認識。張り紙を気にも止めずに通り過ぎたのでした。
ところが、『温泉教授の湯治力』(祥伝社、2005年)の「温泉教授の湯治体験−俵山の湯はなぜ効くか」にそのときの滞在のことが書かれていてビックリ。惜しいことをしました。ご講演を拝聴しておけばよかった。
俵山温泉は我が家から最寄りの身近な温泉、日常的によく訪れるうちの1つです。松田教授の全国平成温泉番付によれば、この俵山温泉は、別府鉄輪温泉と並んで、なんと西の横綱。へえ〜。時代から取り残された垢抜けしない田舎の温泉場も、視点を替えるとまったく別の評価になるわけですね。
まず、初めての方のために、地元ならではのアクセスをご紹介しましょう。車でお越しの場合、温泉街の直前に俵山温泉方向を示す大きな道路標識がありますが、これに従うとその先で厄介なことになる場合があります。温泉客用の駐車場に行き着くために、車1台がやっとの、昔ながらの狭い一方通行の通路を通らなければならないからです。人出が多い土日などは大変です。
道路標識には従わず、ひとつ手前で右折するのが俵山通。左画像で軽自動車が右折している道へ。温泉街を迂回して駐車場に到着することができます。それでも、途中にヘアピン交差点や狭い橋がありますので、気苦労をしたくない方や大きめの車の方には、迂回路途中にある右画像の第2駐車場がお勧め。私はよくここに置きます。若干歩きますけどね。
さて、町の湯。小さな温泉街ですから場所はすぐ分かります。発券機で入浴券を購入して先へ進むと、まず目に入るのが飲泉所。【画像左】 「飲泉ができる湯は、温泉としてはトップレベル」と松田教授の上記の本にもあります。それだけお湯が新鮮で安全な証拠。いまでも外湯が主流の温泉地ですから、受付にはプリペのカードリーダーも。
町の湯には浴槽が2つ。湯口のあるかけ流しの1号湯とそのお湯が流れ込む2号湯。1号湯の湯口では温泉固有の硫化水素臭を確認できます。しかし、1号湯も2号湯も浴槽のお湯からその匂いは感じられません。よく観察すると2号湯の浴槽では壁面からもお湯が流れ込んでいて、こちらは循環システム。源泉かけ流しは1号湯だけというわけです。このことは脱衣場に大きく掲示されています。【画像右】
この掲示とは別に、2号湯について「循環ろ過装置」と「塩素系薬剤及び光触媒」の使用が掲示してあります。松田教授の指導の下で先進的に「ディスクロージャー(情報公開)」に取り組んでいるのだなあと感心したのですが、実は、平成17年に改正された「温泉法施行規則」で、新たに「加水」「加温」「循環・ろ過」「入浴剤・消毒」の掲示が義務付けられたのでした。なるほど。
温泉の命の源泉。町の湯の場合、探し回る必要はありません。建物に隣接する広場の中央に「町の湯源泉」があります。【画像左】 ここから出た配管の一部は、建物の背後ののり面を上って大きなタンクにつながっている模様。【画像右】 タンクには「正の湯B」の表示。奥に併設された小屋には「危険物取扱」の赤い看板があり、ひょっとすると加温のための施設かもしれませんね。
俵山温泉には、町の湯のほかにも川の湯と白猿の湯の外湯があります。この際、ついでにご紹介いたしましょう。町の湯はある時期に建物が改修されて新しく生まれ変わりましたが、川の湯にはそのような形跡がありません。昔のままという感じ。しかし温泉の本質は建物や設備ではなく、お湯の質。ところが、以前と違って様子が変です。
午後2時からの営業開始もそうですが、2つある浴槽の1つにはお湯がありません。この浴槽は、以前は、町の湯の1号湯のようなかけ流しだったはずです。それが今は使われていないのです。しかも、お湯のある浴槽の方は「加温」「循環」「塩素系」。あれれ。
新たに白猿の湯ができたので、もう川の湯はなくなるらしい……。その噂がもっともらしく思える川の湯の現状。そうなると当方のいつもの虫が騒ぎ出し、白黒はっきりさせなければ気が済まなくなりました。「川の湯がなくなるって本当ですか」。帰り際に受付の方に尋ねてみたところ、即座に「なくなりませんよ」。そうなんだ。でも、川の湯はなんだか中途半端だなあ。【画像左】
平成16年に完成した白猿の湯。【画像右】 建物も大きく、レストランやお土産店などの施設も充実しています。まさに今風の温泉施設。しかし、見方によっては、昔ながらの湯治場の風情を台無しにしているのかもしれませんけどね。それはともかく、問題はお湯の質。ここには浴槽が3つ。1号湯と2号湯、そして露天風呂。それぞれじっくり観察してみました。
1号湯には湯口があり、かすかに硫化水素臭が感じられます。でも、町の湯ほどではありません。浴槽のお湯からは感じられません。ちなみに、玄関にある日本天然温泉審査機構による「温泉利用証」によれば、この1号湯は川の湯の源泉からの引湯。その距離108m。源泉からの距離が遠くなればなるほど温泉の鮮度が落ちるということなのでしょう。もちろんかけ流しですが、溢れ出るお湯はフロアよりもむしろ壁際の取水口へ。ここからお湯を取り込んで他の浴槽に使用しているのでしょうかね。
2号湯には「加温」「光触媒」の掲示があります。1号湯は源泉のままで加温がないのでややぬるめ。それに対して2号湯は加温されていかにも温泉らしい温かさ。そのためか2号湯に入る人の数の方が多い感じ。「マイクロなんとか」という電子機器が浴槽内にあり、もはや温泉としての泉質を諦めているようです。白猿の湯のお湯が川の湯の源泉からの引湯だとすれば、川の湯のかけ流しがなくなってしまったことも理解できますね。
露天風呂はいけません。お湯につかると同時に、あれ、なつかしい匂いだなあ。幼い頃の夏休みのプール遊びを思い出します。これが塩素の匂いというわけです。「加温」「循環・ろ過」「塩素系薬剤及び光触媒」。温泉についての知識をほとんど持たないはずの我が娘ですら、「プールの匂い」に気が付いていました。すがすがしい青空とは裏腹に、気分が沈みます。
俵山温泉は、町の湯1号湯が最高。これが結論です。この結論は何も目新しいものではありません。土日を外れたウィークデイに人が集まるのは、町の湯、それも1号湯だけということからも明らかでしょう。他がパラパラの入りでも、町の湯はにぎやか。2号湯が空いているのに1号湯は満員。こんな感じです。本物の温泉を求める人たちにとっては言わずもがなのことなのですね。(2006/03/19)