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プロローグ ライブスチームの存在そのものは、HOゲージを集め始めた頃から知っていました。でも、自分とはまったく別世界のものと思っていました。手に入れたとしても、いったいどこで走らせるの? 工作機械はどうするの? HOゲージでも安くないのに、そもそもライブスチームを購入するお金なんてあるわけないよ! インターネットは罪作りです。何気なくネットサーフしていたときに見つけてしまいました。「安養寺庭園鉄道」のホームページ。なんと同じ市内のそう遠くないところに、ライブスチームをやっていらっしゃる方がおられました。しかも、工作機械の充実した作業家屋と、レールの敷設された広い庭。そこは、時たま横を通ったときに、この広い芝生の庭は何なんだろう、といつも不思議に思っていたまさにその場所でした。 何度か運転会にお誘いただき、本物同様に蒸気で走るライブスチームを目の当たりにしていると、かつて別世界のものと思っていたのはただの思い込みかもしれない、と考えるようになりました。いますぐでなくても、いずれそのうち、はたまた定年後、老後の趣味にでも……。ところが、事態は予想外に急展開することになったのです。 |
いくつかの難関 ライブスチームを身近に感じるようになったからといって、実際に手に入れるとなると、どうしてもクリアしなければならないいくつかの難関に遭遇することになります。 【第1の難関】 キャンピング・トレーラーの場合もそうでしたが、一番大切なのは、何といってもまず家族の同意。お父さんばかり勝手なことをして……、と思われては取り返しのつかないことになるかもしれません。しかし、トレーラーの場合と違って、ライブスチームには家族を説得するための材料がありません。致命的です。「後ろに乗せてあげるから」「いいえ結構よ」と奥さま。成長した娘たちも機械モノには興味なし。絶体絶命。 【対応】 発想を根本的に変えなければダメです。大義名分に家族を持ち出すことはできません。そうなるとなおさら大義名分が必要。私が何か大きな仕事をやり遂げて、そのお祝いとご褒美にライブスチームを手に入れる、これならどうでしょう。懸案になっている学位論文を完成させたらライブスチームを。家族も一応納得。ちなみに、ボディビルのコンテストで入賞、は即座に却下。【第2の難関】 言うまでもなく購入の資金。ライブスチームの場合、どう屁理屈をこねても私自身の趣味の域を出るものではありません。家族は基本的に無関係。したがって、間違っても家計に手を出すことだけは御法度です。万事休す。 【対応】 宝くじは買わないし、まあ、ずっと先、退職金でももらったら……。そんな悠長な思いが一転。そういえば、非常勤講師の給与はどうなっているのだろう。これまで引き受けたことのなかった非常勤講師を、前年たまたまお引き受けして続けていたのでした。振り込まれる給与は、我が家の一般会計とは別口座の特別会計。入金照会すらほったらかしでした。【第3の難関】 工作と保管のスペース。たしかにライブスチームの場合は、HOゲージのようにコタツの上で作業してあとは箱に入れて押入に、というわけにはいきません。軌間3.5インチ(89mm)の国鉄型C11ですら、全長1065mm、全幅232mm、全高327mm、重量50kgという代物。狭い借家住まいの我が身としては思案のしどころ。 【対応】 工作室付きのマイホームを手に入れる方が先かなあ。しかし、諸先輩方も、みなさんがみなさん、恵まれた居住環境でライブスチームをやっておられるわけでもなさそうです。要は工夫次第。【第4の難関】 運転の場所。う〜ん、こればかりはどうしようもない。広〜い庭付き一戸建マイホームに庭園鉄道。これこそライブスチーマーの理想ですが、現在の私には叶わぬ夢物語。完成した蒸気機関車をながめるだけで満足するかなあ。3.5インチクラスだと、室内に飾って鑑賞もできてHOゲージよりもはるかに迫力がある。でも、本心は、やっぱり広い場所で走らせたい……。 【対応】 運転場を個人で所有するのはなかなか容易ではありませんが、ライブスチームの倶楽部や同好会のメンバーになれば、比較的容易に運転の機会を得ることができるようです。素人が一人で苦労するより、経験豊かな諸先輩方のお仲間に入れていただく方がいろいろな面で好都合。まずは最寄りの倶楽部にお願いしてみましょうか。 仮にこれらの難関をクリアできたとしても、だからといってすぐにほしい蒸気機関車が手に入るわけではありません。ライブスチームを生産販売している業界固有の特質があるからです。 海外では、King of Hobbyとまで言われるライブスチームですが、日本では、まだまだ王様どころではありません。量産して商売が成り立つ性格のものではないわけです。つまり、お金さえ出せばいつでも手に入る、というものではないのです。現在目にすることのできる国鉄型スケールモデルの多くは、所有者ご自身が、時間と労力を費やされた自作品がほとんど。 キットを組み立てるにしても、すべて揃った完全加工済みもありますが、パーツが逐次頒布されるものもまれではありません。頒布が滞って長期間待たされることも。老後の楽しみにと思って始めたところ、頒布が終了する前に自分の人生が終了してしまいそうだ、というウソみたいなことも起こり得るわけです。ライブスチームの場合、ほしいものがお金で買えること自体に大きな意味がある、と考えた方がいいようです。 このところ長期不況下の日本経済。「円」の貨幣価値も先行き不透明。ほしいものは、手に入るときに手に入れる。諸難関の克服にある程度の見通しが立てば、もはや躊躇することはないのかも……。 |
見積書 「ただいま接客中です」。なぬ〜、さっきもそうだったじゃないの。ながらく思い煩った後、ついに意を決してライブスチームメーカーの営業担当井上さんに電話をかけた。しかし、電話口の女性は2度目の電話にも数時間前とまったく同じ返答。ライブスチーム業界は売手市場で、一見の客は相手にしてもらえないのかな。そういえば、おっしゃっていたよなあ、「営業活動はしませんので、ご入り用の際はそちらからご連絡下さい」。 その日はもうあきらめて、翌日3度目の電話。今度はすぐ取り次いでもらった。昨日はよほど長時間の接客だったのだろうか。井上さんには2年近く前に唐津の運転会で初めてお会いして以来。もちろん覚えていただいていようはずもない。こちらは連日連夜ライブスチームに恋い焦がれていたというのに……(少々大袈裟)。とりあえず、在庫の状況を尋ねてみると、現在在庫切れで3〜4ヶ月後でないと用意できないとのこと。自動車の納車にしても、納品待ちはもう慣れっこ、一向に構わない。 価格交渉する気はさらさらないが、「端数は切り捨てでいいですよね」。さらに「何かオマケを付けて下さいよ」には、「小物は何でも付けますから、ご希望の物を言って下さい」。しかし、初心者の私にはいったい何が必要なのか皆目分からない。「それでは、要りそうなものをお付けしておきます」。そして最後に、「まだモノがないので、これで受注したと思わないで下さい。引き合いがあったというだけで。用意ができましたら、後日改めて注文をお伺いする連絡をいたします。2月末頃までに……」。やはりそういう業界なんだあ、と実感。 数日後、見積書が届いた。「郵振用紙を入れてありますが、商品のご用意が出来るまではご入金されないよう、よろしくお願い致します」と手書きのメモ。入金じゃなくて、しちゃいけないのね。そういうことならお任せ下さい、ご心配無用です。(笑)
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キット製造着手の連絡 「例の2月末の件はどうなっていますか。C11なんですけど」。月も変わり、辛抱できなくなって、井上さんに電話を入れた。ん?という感じの間があって、「ラブレターが届いていませんか。数日前にお送りしました」。えっ?何それ。さらに言葉を交わすうちに、どうやら行き違いになっていることが判明。
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ユニバーサル・スタジオ・ジャパン 「直接引き取りに伺った場合は、2日ばかり車を置かせてもらえませんか」。元々興味のない家族からすれば、ライブスチームの購入は自分たちには何の関係もない、ということになる。そこのニュアンスを少しでも緩和できる知恵はないものか。腐心の末に1つのアイデア。購入予定のライブスチームの製造元は大阪市内。このところの我が家の懸案になっているユニバーサル・スタジオ・ジャパンも大阪。製造元まで直接モノを引き取りに行き、合わせてユニバーサル・スタジオ・ジャパンも訪れる。これはどうだろう。 下関―大阪の距離を考えると、高速道より夜間のフェリーだな。ホテルに泊まるつもりで上等の船室でゆったり行くか。早朝フェリーを降りて製造元でモノを引き取り、車を置かせてもらって、あとは電車でユニバーサル・スタジオ・ジャパン。丸1日遊んで1泊し、車とモノを受け取って、復路もやはりフェリーが楽だなあ。イメージはどんどん膨らむ。 12/12付の見積書で、受渡場所が「打合せにより 又は御自宅」となっているのは、こういうアイデアがあったから。もちろん車の駐車については、井上さんからご快諾をいただいた。それどころか社内見学のお誘いも。 一応ここまで押さえた上で、家族に提案。「どうだ、いいアイデアだろう」。特に強い異論は出ないが、かといって賛成でもないという微妙な雰囲気。何もそこまでしなくても……、ということらしい。「普通、荷物はトラックで運んでもらうでしょ。大阪は新幹線。まだレールスターに乗ったことないし」。ごもっとも。膨らんでいたイメージがしぼむ。 結局、このアイデアはボツ。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンとキットの引き取りのタイミングが合わないことが判明した。まあしようがない。でも、この気配りの姿勢だけでも分かってよね。 懸案のユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、新幹線とホテルがセットになった割安企画ツアー、というごくありきたりの線で落着。ただ、私としてはこのチャンスを逃したくない。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの翌日、大阪の繁華街に繰り出す家族と別れ、一人でO.S.法隆寺レイアウトを訪問したのでした。 |
可部線三段峡駅のC11189 小川精機の3.5インチC11は高精度の完全加工済みキットなので、基本的には指示通りに組み立てさえすればよい代物。しかし、そうなると、ひとひねりしたくなるのが人情。う〜む。特定番機をモデルにしてできるだけ忠実に再現してみるというのはどうだろう。このところとんとご無沙汰のHOゲージの世界では、これは当世の主流らしい。まあ誰でも考えそうなことですが……。 念頭にあるのは、私が生まれ育った可部線無電化区間のC11。幼い頃、毎日のように目にしていた。現在、三段峡駅に静態保存のC11189がある。配属等の履歴が未確認なので、かつて目にしたまさにその機関車かどうか定かではないが、朽ち果てつつあるとはいえ、現物が目の前にあるのは何よりの強み。データ収集もできる。思い立ったら吉日。広島に帰省の折、早速様子を見に三段峡駅まで脚を伸ばした。 なんだ〜あ、これは〜。ハデハデしい幟と横断幕。そういえば、JR西日本が無電化区間の廃止を表明して以来、存続運動が行われていたのだったっけ。私自身は、運動に賛成でも反対でもないですが、ライブスチームを目指すものの立場から言わせてもらえば、これじゃあ、器機の取付や配管の具合がよく分かりませんよ〜お。記録写真どころではない。 とりあえず、今回横断幕には目をつぶることにして、まず確認したかったのは、ドンキーポンプの消音器の場所と排気管の取り回し。O.S.のカタログ写真では、煙突の後方に消音器付きの排気管が単独で立っているが、私の過去の記憶では、そんなところにそんなものはなく、もっとすっきりしていたはずだった。いったいドンキーポンプの排気管はどうなっていたのだろう。 百聞は一見にしかず。消音器は除煙板の陰に隠れるように、ランボード上の煙室寄りに縦位置に置かれ、排気管はそこから煙室の円弧に沿って立ち上がって、煙突の前面に固定されている。C11は長期にわたって量産されたこともあって、子細に見ると個体差が著しい。特定番機をモデルにするのは結構面白いだろう。今後、何回となく三段峡駅を訪れることになるかもしれない。 |
出荷決定!! 広島から帰宅すると、O.S.の井上さんからハガキが届いていた。法隆寺レイアウト訪問後、お礼も兼ねて月末の不在をハガキでお知らせしておいた。メール全盛のご時世に、ハガキでやりとりするのもオツなものだ。早速その日のうちに電話連絡。調整の末、04/08出荷、04/10午前必着ということに。業者はトナミ運輸。よお〜し、当日は万難を排して自宅待機。いよいよだ!
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着荷の日 2002/04/10 「少しバックしてみますので……」。バックの警告音とともに、ガソリンスタンドの塀の陰から4トントラックの荷室が現れてきた。なあんだ、すぐ隣りまで来てるじゃないの。配送の運転手さんから、届先がよく分からないという電話。受話器を持ったまま現在地の確認をしようとしたところだった。 いよいよ着荷の当日。こともあろうに前日から体調をくずして発熱。布団の中でうつらうつらしながら荷物を待つハメになった。しかし、電話をいただいて一瞬シャキッと元気回復。全部で5個口。うち2つは20kgの石炭と1.5m程のレール。待望のC11キットは24cm×30cm×105cmの段ボールが3個。結構重いのもある。 辛うじて玄関内に取り込んだものの、中身を確認し、しかるべき場所へ再移動する元気はない。まあ焦ることもない。さしたる感動もないまま、再び布団の中でうつらうつら、元の病人に戻ってしまったのでした。トホホ。 |
エピローグ 「お断りするかもしれません」と三下半をいただいていた非常勤講師は、もう1年継続。特別会計も確保できそう。運転用台車や未購入のオプション、それに多少の線路も手に入れられるかもしれない。「待て」の指示が出ていた代金は、受け取りの翌日、早速郵便局に振り込んだのでした。 かくして夢のライブスチームが我が手元に。いついつまでに完成しないといけないという期限があるわけでもなく、むしろゆっくり時間をかけて組立を楽しむことにしよう。組立の記録は、続編の「ぼちぼちライブスチーム組立記」へ。 |